本とPCとカナリアと

美容とコスメにはまった会社員の記録

スマホと自由とカナリアと

 

 

手にとったスマートフォン


スマートフォンはとても便利なものです。


ネットサーフィン、読書、動画視聴、写真撮影、連絡、出会い、支払い…。


なんでもできる、現代を生き抜くには剣よりも便利なもの。


私が生きる為に必要なことは、大体こいつが有れば大丈夫になりました。


便利なものが出来るとそちらばかり使うもので、


学生の時あんなに向き合ったパソコンは閉じている時間が多くなり、


私の話し相手になってくれた沢山の書籍は、場所を取るあまり少しずつ処分を始めました。


手にしたかった自由


詳しくはまだ言いたくないのですが、

私は物心ついた頃からずっとある事に縛られていました。


それはいつ何時でも私に付き纏い、

まだ偶に私を悩ませます。


ずっと自由が欲しかった。


まだ全てから解放された訳ではありませんが、


自分の体が成長し、自分で稼ぐ事によって、

私はある程度の解放を手にする事が出来ました。


安月給ですし、ルックスやスタイルが良い訳では無いですし、性格もとっても難があるのを自覚していますが、


私はそれでも、

今当たり前に生きている自分に安堵しているのです。

 

スマホと自由とカナリア


スマートフォンが有れば生きれる様になってきて、大切だった持ち物を減らし始めました。


束の間の自由を手にして、

ずっと肩に纏っていた荷が軽くなった気がしました。


平成の終わりは、

ひとつの時代が終わるのに、

私にとってはとても軽やかでした。


でも、


ずっと私が勘違いしていただけで、

身軽に生きようと思えばいつだって叶ったのかもしれません。


少しだけ軽やかになった私は、

あるコスメを買いに行きました。


あの頃ドキドキしながら入ったドラッグストアは、今はもう古びています。


その2階の片隅にある、

マジョリカマジョルカのコーナー。


初めて買って使いこなせなかったカナリア


今の私なら、仲良くなれる気がした。


ブラウン管と呼ばれなくなった向こう側


テレビの向こう側。


この方が万人に理解しやすいのかもしれませんが、なんだか情緒がないじゃ無いですか?


でも、ブラウン管という言葉の意味も、

もうすぐ完全に伝わらなくなる時代が来るのだろうと感じます。


今日はテレビの向こう側、

平成がどんな時代かずっと語られていました。


おのずと天皇陛下の歩んできた道が多く流れていました。


私は皇室に詳しくありません。

だから、今日初めて知った内容も多かったです。

 

そして、初めて知った自分を恥じました。


「象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に心から感謝します」


この一言を聞いて、この世にまだこんな孤独が有るのかと、苦しくなりました。


次の時代、

令和の時代は、


私達がとても幸せになって、

人のことを考えられる様になって、


「どうして皇室はあんなに孤独なの?もうやめようよ」


と、政治とか思想とかそんなものなく、解放出来る時代にしたい。


ブラウン管の向こう側、

テレビは日に日に薄くなっていく。


そこに写っている人は機械じゃなくて人間なのに。


心を持った、人間。

 


はやく、それを守る為に優しく強くなれる時代がくればいい。